2010年東京大学日本史解答例(私案)
第1問
奈良時代には律令制下で能力に応じて官位が与えられることが建前
であったが、しだいに形骸化して貴族の身分は世襲・固定されると
ともに、財政の悪化により官人への給与も滞るようになった。こう
した中で、中下級貴族は地方支配が委任され私的な富の蓄積が可能
となった受領への任官を望み、官吏の任免権を握る摂関家などの上
級貴族に物資の提供などを通じて家司として仕える道を選んだ。
* 中国の科挙のような人材登用制度が日本の律令制下でも機能していたのな
らば、中下級貴族が摂関家に私的に仕える関係を結ぶ必要はなかったはずで
ある。官僚制における能力に応じた昇進に触れているK以外の解答は、「奈良
時代からの変化」に答えられていないのではないか。
第2問
A 気候が温暖な九州からは米が、商品作物の栽培が発達した畿内か
らは油が、養蚕や畑地に適した関東からは絹や麻が納められた。
B 年貢を現地で換金し京都の荘園領主に銭で納めるようになった。
C 貨幣経済が発達し、京都を中心に全国流通網が形成される中で、
年貢も商品として扱われ、財物が京都に集積するようになった。
* 近年の東大日本史では、地域的な多様性に目を向けさせる出題が目立つ。網
野善彦氏の資料を引用してことを考えれば、Tのような解答もありなのでは
ないか。しかし、Cに関しては今の段階で自信を持って解答を示すことがで
きない。年貢が「商品」化される過程にもっと踏み込む必要があるように思
う。
野善彦氏の資料を引用してことを考えれば、Tのような解答もありなのでは
ないか。しかし、Cに関しては今の段階で自信を持って解答を示すことがで
きない。年貢が「商品」化される過程にもっと踏み込む必要があるように思
う。
第3問
A 山師としては資金力があり佐渡金山・生野銀山などで鉱山運営の
経験を持つ北陸・畿内の商人が集まり、精錬職人としては石見大森
銀山などで灰吹法の技術を身につけた中国地方の者が集まった。
B 本百姓からの年貢徴収を財源とする藩にとって、費用のかかる三都以外に領国内で独占的に割高で取引できる市場を確保できた。
* 東大日本史は時おり系統的・網羅的に(のみ)学習してきた受験生をあざ笑う
かのような問題を出題することがあり、そうした野性味あふれる問題を僕は
結構気に入っている。Bは諸藩の財政が本百姓体制を基盤としていることを指
摘しなければ論旨として十分ではない。合格点はSのみだと思う。
第4問
条約改正交渉の失敗や朝鮮での日清間の対立は民権派内でも国権論
を高めさせ、三大事件建白運動での外交失策を求める動きとなって
現れた。また、井上外相の極端な欧化政策に対する反発から、徳富
蘇峰は国民の生活向上を求める平民的欧化主義を唱えたが、一方で
日本の伝統的な精神や文化を称揚する三宅雪嶺らの国粋主義も台頭
し、日本美術を再評価する機運の中で東京美術学校が設立された。
* 1880年代の動向は東大日本史の空白地帯であったが、ついに出題されたとい
う感じである。自由民権運動の展開と国権論の高まりは、教科書ではきちん
と関連づけて説明されていないので、自分で論旨を組み立てる必要がある。
というよりも、様々な要素を関連づけて多面的に考察する学習が、東大日本
史では求められることを再認識させられた。

コメント
はじめまして。
第2問についてですが,桜井英治「中世の商品市場」(『新体系日本史12 流通経済史』)あたりを元ネタと考えてよいと思います。その中で,代銭納の一般化と商品流通の拡大との関連も言及されています。参照されてみてはいかがでしょうか。
投稿者: 塚原哲也 2010-03-16 12:41:40