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「山びこ」は今も聞こえる

「雪がコンコン降る。
人間は
その下で暮らしているのです。」

1951(昭和26)に出版されて爆発的な売れ行きを記録し、
戦後教育の金字塔として今にも名を残す、
一山村の中学生の詩作文集である『山びこ学校』。
(現在も岩波文庫・角川文庫から発行されています)
その冒頭に掲載されているのが、
「雪」という題名のこの詩です。

『山びこ学校』は、今でも僕にとって文章の教科書であり続けています。
そして、たびたび読み直して、自分は誠実に言葉と向かいあってきたか、
自戒の材料としています。

終戦直後の1948(昭和23)年、
山形師範学校(現在の山形大学教育学部)を卒業して、
山元村(現在は上山市に編入)という谷あいの小さな村の小中学校に赴任した
青年教師の無着成恭先生(1927〜)は、
受け持ちとなった中学生1年生43名を見て愕然とします。
計算ができない、漢字の読み書きができない、
中には、自分の名前を漢字で書けない生徒もいるほどの
学力の低さだったからです。

その理由は、戦争中に満足に教育を受けられなかったこともありますが、
村の貧しさが大きな背景として存在しました。
1929(昭和4)年、ニューヨーク株式市場の大暴落をきっかけに発生した
世界恐慌は、日本経済にも波及し、農村を直撃しました(昭和恐慌)。
米・繭などの農産物の価格が、半値近くまで下落したのです。
それに追い打ちをかけたのが、
1934(昭和9)年に発生した東北大冷害です。
カボチャや大根の葉で餓えをしのぎ、
泣く泣く娘を身売りする(TVドラマ『おしん』の世界です)。
無着先生が担任となったのは、
まさにその頃生まれ、戦争に翻弄されて学校にも通えなかった子どもたちでした。

読み書きも計算も満足にできない子どもたちを前に、
いったいどうやって指導すれば良いのかと悩んだ無着先生は、
戦前から行われていた生活綴方(つづりかた)を思い立ちます。
生活綴方とは、
子どもたちに自らの生活のありのままを書かせることを通じて、
現実を、自己を見つめ直させようという教育実践です。
(小学校の時にさんざん書かされた作文って、
もともとはそういう意味を持っていたんですよ)

無着先生は、山元村の生活の厳しさ・貧しさを子どもたちに直視させ、
それがどのような要因によって生じているのかを
徹底的に調べさせ、考えさせました。
例えば、『山びこ学校』に収録されている
「学校はどのくらい金がかかるものか」というグループレポートでは、
教科書代や文具代にも事欠く家計の状況を出発点に、
山元村での1戸あたり平均収入額や村の総予算額などを調査し、
他村の予算に占める学校予算額の割合などと比較しながら、
「私たちの学校に、もっと予算を多く、せいぜい二〇%以上でなければ、うまい学校教育はできないのじゃないでしょうか。」
と結論づけています。
(僕は、こうした実践に現在行われている「総合的な学習の時間」の
あるべき姿を見いだしているのですが、それは次回以降考えます)

こうして書きためられた生活記録としての作文や詩を、
無着先生がガリ版刷りで発行したクラス文集「きかんしゃ」は、
ある生徒の作文「母の死とその後」が文部大臣賞を受賞したこともあって
東京の出版社の目にとまり、
『山びこ学校』として発行されると評判が評判を呼んで、
12万部という当時の大ベストセラーとなったのでした。

はじめに紹介した「雪」の作者、石井敏雄君は、
2歳のときに父と死別し、母とも生き別れとなって、
叔父夫婦の下で育てられました。
敏雄君は中学に上がるころになると炭焼きの仕事に駆り出され、
ほとんど学校に通えませんでした。
(規定の登校日数の半分にも満たなかったそうです。
『山びこ学校』には序文として、
「この本を読んでくれる全国のお友だちへ」という、
生徒たちが書いた一文が載せられていますが、そこには、
「私たちの学校には、病気で休む人なんか、さっぱりいないくらいです。(中略)
毎日二割ぐらい休みますが、ほとんど家の仕事でやすむのです。」とあります。
子どもは家の貴重な労働力、学校どころではないというのが、
山元村の、いや、終戦直後の状況でした)

久しぶりに学校に登校し、降り出した雪を見て書いたのがこの詩でした。
「その下で」がどのような境遇であったのか、よく分かると思います。
そして、それが言葉に凝縮されているからこそ、
この詩はずっしりとした手応えのある重みをもって
私たちの心に迫ってくるのです。

人に届く言葉、人の心を打つ言葉というのは、
自分を見つめ直し、思いを深く掘り下げて、
身体の底からわき上がってきたような言葉(だけ)です。
真正面から現実と向かい合い、自分と向かい合うことから、
本物の言葉は紡ぎ出される。
それは、戦後からはるかに遠ざかった現代においても変わりありません。
自分は言葉と誠実に向かい合っているかを問うことは、
自分はひたむきに生きているかと問うことでもあるでしょう。
だから、『山びこ学校』は、
文章の教科書であるだけでなく、人生の教科書なのです。

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