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監視カメラは心を覗く

江戸時代に行われていたキリシタンに対する踏み絵(絵踏制度)を、
僕は前からおかしいと思っていました。
僕はクリスチャンではありませんし、
特定の宗教を信仰しているわけでもありませんが、
もし神やイエスを信じているのならば、
その信仰ゆえにためらいもなく踏む、と思うからです。

踏むという行為によって、内面的な心が揺らぐとでも言うのでしょうか。
キリスト教は、神の愛(アガペー)による赦しの宗教です。
神は無償に降り注ぐ愛で私たちの罪を赦す。
イエスも自らの偶像を踏むことを赦して下さることでしょう。
キリスト教のことが分かれば分かるほど、
踏み絵は改宗を促すどころか、信仰心を確認する行為にさえ思えてきました。

ところが、実際に幕府が行っていたことは、もっと本質的なものでした。
1635年、3代将軍徳川家光は、全国的な信仰調査を行います。
そのときに用いられたのが、南蛮起請と呼ばれる誓願書です。
これは、キリシタンからの転宗者に再び戻らないことを誓わせたもので、
そこには、もしキリシタンに戻ったら、
神罰を蒙り地獄の苦しみを味合わされるとの罰文も書き記されました。
キリシタンの言葉でキリシタンの神に誓わせた点が秀逸です。
幕府は、キリシタンたちを踏み絵という外見上の行為だけではなく、
内面的な信仰心をも根こそぎ支配しようとしていたのでした。

権力の支配は心の内面にまで及ぶ、
だからこそ、日本国憲法は信教の自由について次のように規定するのです。
「第二〇条 ①信教の自由は何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」
信教の自由とは、国家権力によって心を支配されないことである、
このことには注意を要します。

さて、今回はなぜこんなことを書いているかというと、
先週、劇作家の鴻上尚史さんが主宰する
劇団「虚構の劇団」の公演『監視カメラが忘れたアリア』を観て、
監視カメラの眼は心の内面にまで及ぶものなのかについて、
考えさせられたからです。

いま、街中の至るところに防犯カメラ(監視カメラ)が設置されています。
別に良いではないか、心の中まで盗み見されているわけでもないし。
しかし、踏み絵は信仰という心の内面にまで及ぶものでした。
もしかして、身の安全という理由で防犯カメラ(監視カメラ)を受け入れる、
そのこと自体が、私たちが知らぬ間に権力を心の内面に受け入れていることを
意味しているのかもしれません。
(「知らぬ間に」ということが、本当はもっとも恐ろしいことです)

フランスの哲学者ミッシェル・フーコー(1926〜1984)は、
近代社会において権力者が狂気を排除しながら社会規範を形成し、
個人を規律化していく過程を描きました。
権力が作り出した社会規範から外れた異質な存在、それが狂気です。
例えば、犯罪者は社会規範を乱しますから、排除しなければなりません。
そのために作られたのが監獄です。

近代の監獄では、パノプティコン(一望監視装置)と言って、
おいてすべての囚人を監視できる位置に監視所が設置されました。
ちょうどマジックミラーで向こうからだけこちらが見える状態です。
ですから、監視者がつねに監視しているとは限りませんが、
囚人はつねに監視されていると思って行動しなければなりません。
それゆえ、囚人たちは監視されているかに関係なく自らを律していきます。
これが、フーコーの指摘した〈規律の内面化〉です。

さて、このように規律を心の内面に刷り込まれる(しかも自発的に)のは、
囚人だけではありません。
権力者は、社会規範から外れた者を生み出さぬよう、
人々を規律化するための施設を作り出しました。
それが、学校であり、軍隊です。
学校では、他者と協調行動が取れるように教育し、
軍隊では上司の命令に従って動くよう訓練する。
こうして、人々は「知らぬ間に」社会規範を受け入れ、
自発的に規律を内面化していくのです。

話を防犯カメラ(監視カメラ)に戻しましょう。
防犯カメラ(監視カメラ)もパノプティコンと同じような装置であることに
気付きませんか?
カメラの向こうで誰かが見ているかどうかに関係なく、
見られていることを前提として行動する。まさに〈規律の内面化〉です。
しかも、防犯カメラ(監視カメラ)は、
社会規範から外れる者を排除するという形で、
「内なる野蛮」をあらわにしていることにも注意しなければなりません。
(「内なる野蛮」については12月28日付ブログ参照)

権力の支配は心の内面にまで及ぶ。
私たちは、知らぬ間に、しかも自発的に、権力に従っている。
このことに、私たちはもっと自覚的であるべきでしょう。

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