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『板尾創路の脱獄王』を観る

(今回の記事には、
現在公開中の映画のストーリー展開に関わる
内容が含まれていますのでご注意下さい。
ただし、知っていて観ても十分に面白いと思いますよ)

板尾創路さんの初監督作品『板尾創路の脱獄王』を観ました。
全編が最後の1コマのための前フリという、
板尾さんのシュールさ全開の映画でしたが、
いま書き続けている〈家族〉という視点から捉え直したとき、
〈親子の絆〉がいかに危ういものであるかについて
考えさせられました。

血の繋がった親子は話さずともお互いの気持ちが分かる、と言われます。
いや、話してしまったらお互いの気持ちなど分かっていないことが
明らかになってしまいますので、話してはいけません。
口にしてはいけない。こうして、
現実が露呈することを恐れる親子双方の暗黙の了解のうちに、
〈無言のままの意思疎通〉という幻想は強化されていくのです。

父親に再会するため脱獄を繰り返す、板尾さん演じる脱獄王・鈴木雅之は、
最後の場面、眼と眼があった瞬間に、
この人こそが自分の父親であると確信します。
なぜ父親の胸元に彫られた富士山の入れ墨を確かめないのか。
そのような疑問や批判は筋違いです。
そんなことを確認したら、〈親子の絆〉は台無しになってしまいます。
確かめずとも、言葉を交わさずとも、
見つめあうだけで親子と分かる。そうでなくてはいけないのです。

これで終われば「感動の嵐」「全米が泣いた」になるのですが、
板尾さんがそんな映画を作るわけがありません。
後から振り返ると、〈親子の絆〉の幻想が暴かれてしまうのですから、
結構コワイ映画です。ぜひ御覧下さい。

しかし、最後のカットでの板尾さんの何と幸せに満ち足りた表情のこと。
板尾さんは、たとえそれが勘違いによる幻想の産物だとしても、
〈親子の愛〉を信じたかったのかもしれません。
それから、赤の他人であるはずの笑福亭松之助さんの微笑み。
これこそが、〈親子の愛〉という幻想の感染力です。

自明なものとされる〈家族の絆〉に揺さぶりをかける。
僕は映画を観終わった後、
糸井重里さん(肩書きはどう書けば良いのでしょう)が書いた
小説『家族解散』(新潮文庫)を思い出して読み直しました。

ある日、父親の小倉文彦氏が、
「日本人は日本人らしく」とちゃぶ台を持ち帰ってきたことから、
これまでテーブルの上に置かれていた魔法びんや小梅の容器は居場所を失い、
それと同時に家族たちにも居心地の悪さが広がっていきます。

まず、ちゃぶ台での初めての食後に、
高校生の長男・明彦が灰皿代わりに使っていたマーマレードびんを
部屋から持ってきて、家族の前で煙草を吸い始めました。
明彦の喫煙は、母親の絹枝もうすうす勘付いていたことです。
しかし、「現場」さえ見なければ、咎めはしない。
それが家族の暗黙のうちに取り決められた「法律」でした。
だから、それを分かって明彦も部屋で吸っていたはずです。
それなのに、ちゃぶ台が我が家にやってきた途端、家族の目の前で吸う。
注意せざるを得ない状況が、否応なしに生じてしまいました。
「現場」を恐れていたのは、明彦ではなく絹枝のほうだったのです。

このぶんだと、まだまだ何かが起こり続けるにちがいない。
絹枝は注意するのも忘れてぼんやりとした恐怖を感じます。
それは思い過ごしではありませんでした。
この後、明彦は「心配しなくて良い」と毎日電話しながら家出し、
長女の明子は恋人と別れ、次女の文枝はエロ本を家に持ち帰り、
文彦氏も会社を休み、夕暮れのふろ場で「かなり、さみしい」とつぶやく。
家族はヘンテコなことになってしまったのです。

そうした中、家出から帰ってきた明彦は、
ヒマラヤ不動産という名の赤の他人を家に連れ込みます。
素性の知れない訪問客に、落ち着かない空気の流れる茶の間。
しかし、ヒマラヤ不動産用の歯ブラシや湯のみが準備され、
家族の一員として自然に溶け込んでいきます。
糸井さんの家族に対する鋭い視点を感じさせるのが、次の一文です。

「小倉家は、一日のうちに、昨夜はじめて訪れてきた客を「家族同様」の人に決めてしまった。
いや、誰もそう決めたわけではなかったのだが、タオルや湯のみや歯ブラシが、
ヒマラヤ不動産の、これからの立場をかたちづくってしまったのです。」

家族は血の繋がりによって家族であるわけではありません。
日常生活の営みを通じて、日常生活を送る上で必要な物を介して、
家族となるのです。
前回書いたように、家族とは第一義的に相互扶助的な支えあいによる組織です。
〈夫婦の愛〉や〈家族の絆〉は、
その後から生まれてくる二次的なものにすぎません。
それを余すところなく描いたのが、『家族解散』でした。

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相澤 理