「都市でもやっていける民」ユダヤ人
荒尾さんからユダヤ人問題についてのご質問をいただきました。
ありがとうございました。以下に私見を述べたいと思います。
まず、安部公房『内なる辺境』について。
ユダヤ的=遊牧民的=都市的という安部氏の捉え方は、
なるほどなと思いました。
ユダヤ人は、「祖国なき民」として、
金融・メディアといった実に都市的な業種を営んできたのですから。
「ご質問にお答えします2」で、
自然や人間関係からの断絶を都市の特徴として指摘しました。
そうした根無し草的な状況において、
ユダヤ人が人と人を結びつける仕事についてきたというのは、
(金融もメディアもそうです)
それら以外の職種から閉め出されてきたということを抜きにしても、
非常に意味ありげなことのように感じます(後述)。
ここから、僕の関心は、
「ユダヤ人はなぜ都市でやっていけるのか」というところに向かいます。
現代人は濃密な人間関係から切り離され、孤独で不安であるがゆえに、
他人の評価を基準に行動する他人指向型が支配的であると指摘したのは、
アメリカの社会学者リースマンです(『孤独な群衆』1950)。
何をするにも他人の目を気にし(「空気を読む」とはそういうことです)、
マスコミの流す情報や口コミに振り回される現代の日本人は、
都市で生活していても、きわめて農耕民的なのかもしれません。
しかし、農耕民的日本人のひとりである僕から見たとき、
人間関係から切り離されてもやっていけるユダヤ人の都市的な性格に、
多少のうらやましさを感じます。
ユダヤ人の、そうしたある種の強さは何に由来するのか?
自分たちが神から「選ばれた民」であるという意識にあるような気がします。
ユダヤ教の他の宗教にない大きな特徴は、「神との契約」という点です。
唯一なる神ヤハウェは、自分たちを「神の民」として選ばれた。
だから、神から与えられた律法(きまり)は絶対に守らなければならない。
ユダヤ教ではそう考えます。
(ちなみに、なぜ自分が選ばれたのかは分かりません。
そうしたアイデンティティに関わる謎が、ユダヤ人の思索を深めさせ、
多くの科学者・哲学者を生み出す原因になっているように思えます)
そのような選民の意識と、他民族からの迫害の歴史が、
ユダヤ人の結束を固めてきました。
現在でも、各業界におけるユダヤ人の世界的なネットワークは圧倒的です。
自分たちは神ヤハウェの下で結ばれている。
そうした意識があるからこそ、
直接は人と人の結びつきのない都市でもやっていけるのではないか。
ユダヤ人が金融・メディアといった職種で活躍しているということも、
この点から捉え直したら面白いかもしれません。
(神から「選ばれた民」ユダヤ人が、現代人の人間関係を修復する)
最後に、パレスチナ問題に関しては、
他の地域紛争と同様、「国家という病」という側面から見るのが、
一番分かりやすいかと思います(社会科学編参照)。
ただし、なぜユダヤ人までが「国家という病」にかかったのか、
これは疑問として残ります。
ユダヤ人は「祖国なき民」でしたが、
それは「祖国がなくてもやっていける民」ということだったのですから。
この点については、裕福なユダヤ人の多くは、
シオニズム(祖国建設運動)に賛同していないということと
関係しているように思います。
僕は、社会科学編「17.格差社会を生きる」で、
現代の日本社会では経済的弱者がコミュニケーション弱者となっている
と述べました。
絆からふるい落とされたユダヤ人の低所得者層(だけ)が、
イスラエル国家の建設に向かった。
しかし、この推論は僕の想像(妄想)にすぎません。
ということで、ご質問の趣旨に沿うものであったか、
まことに心許ないのですが、今の僕に答えられるのはこれくらいが限界です。
ですが、いろいろ考えるきっかけとなったので、有難うございました。
ということで、どんな質問が来ても、
最終的には僕の興味関心に向かいますが、
それでも良かったら何でもお寄せ下さい。
ありがとうございました。以下に私見を述べたいと思います。
まず、安部公房『内なる辺境』について。
ユダヤ的=遊牧民的=都市的という安部氏の捉え方は、
なるほどなと思いました。
ユダヤ人は、「祖国なき民」として、
金融・メディアといった実に都市的な業種を営んできたのですから。
「ご質問にお答えします2」で、
自然や人間関係からの断絶を都市の特徴として指摘しました。
そうした根無し草的な状況において、
ユダヤ人が人と人を結びつける仕事についてきたというのは、
(金融もメディアもそうです)
それら以外の職種から閉め出されてきたということを抜きにしても、
非常に意味ありげなことのように感じます(後述)。
ここから、僕の関心は、
「ユダヤ人はなぜ都市でやっていけるのか」というところに向かいます。
現代人は濃密な人間関係から切り離され、孤独で不安であるがゆえに、
他人の評価を基準に行動する他人指向型が支配的であると指摘したのは、
アメリカの社会学者リースマンです(『孤独な群衆』1950)。
何をするにも他人の目を気にし(「空気を読む」とはそういうことです)、
マスコミの流す情報や口コミに振り回される現代の日本人は、
都市で生活していても、きわめて農耕民的なのかもしれません。
しかし、農耕民的日本人のひとりである僕から見たとき、
人間関係から切り離されてもやっていけるユダヤ人の都市的な性格に、
多少のうらやましさを感じます。
ユダヤ人の、そうしたある種の強さは何に由来するのか?
自分たちが神から「選ばれた民」であるという意識にあるような気がします。
ユダヤ教の他の宗教にない大きな特徴は、「神との契約」という点です。
唯一なる神ヤハウェは、自分たちを「神の民」として選ばれた。
だから、神から与えられた律法(きまり)は絶対に守らなければならない。
ユダヤ教ではそう考えます。
(ちなみに、なぜ自分が選ばれたのかは分かりません。
そうしたアイデンティティに関わる謎が、ユダヤ人の思索を深めさせ、
多くの科学者・哲学者を生み出す原因になっているように思えます)
そのような選民の意識と、他民族からの迫害の歴史が、
ユダヤ人の結束を固めてきました。
現在でも、各業界におけるユダヤ人の世界的なネットワークは圧倒的です。
自分たちは神ヤハウェの下で結ばれている。
そうした意識があるからこそ、
直接は人と人の結びつきのない都市でもやっていけるのではないか。
ユダヤ人が金融・メディアといった職種で活躍しているということも、
この点から捉え直したら面白いかもしれません。
(神から「選ばれた民」ユダヤ人が、現代人の人間関係を修復する)
最後に、パレスチナ問題に関しては、
他の地域紛争と同様、「国家という病」という側面から見るのが、
一番分かりやすいかと思います(社会科学編参照)。
ただし、なぜユダヤ人までが「国家という病」にかかったのか、
これは疑問として残ります。
ユダヤ人は「祖国なき民」でしたが、
それは「祖国がなくてもやっていける民」ということだったのですから。
この点については、裕福なユダヤ人の多くは、
シオニズム(祖国建設運動)に賛同していないということと
関係しているように思います。
僕は、社会科学編「17.格差社会を生きる」で、
現代の日本社会では経済的弱者がコミュニケーション弱者となっている
と述べました。
絆からふるい落とされたユダヤ人の低所得者層(だけ)が、
イスラエル国家の建設に向かった。
しかし、この推論は僕の想像(妄想)にすぎません。
ということで、ご質問の趣旨に沿うものであったか、
まことに心許ないのですが、今の僕に答えられるのはこれくらいが限界です。
ですが、いろいろ考えるきっかけとなったので、有難うございました。
ということで、どんな質問が来ても、
最終的には僕の興味関心に向かいますが、
それでも良かったら何でもお寄せ下さい。

コメント
わざわざ本まで読んでいただき、ありがとうございます。非常に参考になりました。今後も先生の記事を楽しみにしています。
投稿者: 荒尾 2009-12-21 17:19:01