「墨塗り教科書」から文部省著作教科書へ
社会科にしろ〈学習〉指導要領にしろ、
戦後教育の始まりにとても興味がわいてきましたので、
もう少し話を続けさせて下さい。
『山びこ学校』には、
「生命財産の保護」「日本のいなかの生活」など、
きわめて魅力的なタイトルの教科書が出てきます。
いったい何なのだろうと調べたところ、
1947年に社会科が創設された時に作られた、
中学社会科用の文部省著作教科書であることが分かりました。
このような教科書が登場した背景を考えるには、
「墨塗り教科書」について見ておく必要があるでしょう。
終戦から1か月後の1945年9月15日、
連合軍による占領下に置かれた日本政府は、
戦前の軍国主義的な教育を改め平和教育を推進すべきことを説いた
「新日本建設ノ教育方針」を発表します。
その中で、これまで用いられてきた教科書は次のような扱いとされました。
「三 教科書
教科書ハ新教育方針ニ即応シテ根本的改訂ヲ断行シナケレバナラナイガ差当リ訂正削除スベキ部分ヲ指示シテ教授上遺憾ナキヲ期スルコトトナツタ」
新しい教科書を作成・配布することができない状況なので、
戦中の教科書の軍国主義的な記述や民主主義に反する内容を削除して
用いることにしたのです。
それがいわゆる「墨塗り教科書」です。
「墨塗り教科書」の実例については以下のページをご覧下さい。
http://poem06.flib.fukui-u.ac.jp/~joho/info/blacktext/
教科書の「墨塗り」は音楽などの教科にも及んでいます。
例えば、国民学校低学年向け唱歌「モモタラウ」は、
挿絵も含めて全面削除です。
その理由は、歌詞を読めば分かります。
「ハタハ 日ノマル 青イ 海 小サナ フネガ ホ ヲ アゲタ」
犬・猿・雉を引き連れて鬼が島へ鬼退治に行く桃太郎の話は、
日の丸を掲げて戦地へ赴く内容に仕立てられていたのです。
その他、算数の教科書では何の必然性もなく
戦車や大砲の数を計算させる文章題が掲載されていたりと、
あらゆる機会を用いて子どもたちに軍国主義の精神を植え付けようとしていたことが分かります。
(注 国民学校
太平洋戦争開始の1941年、小学校は国民学校に改編され、忠君愛国の精神に基づいて戦時体制を支える皇国民の錬成が図られた)
「墨塗り」を行ったのは子供たち自身です。
文部省からの通知に従って授業中に先生方が行わせました。
教科書を真っ黒にするというこれまでの教育を全面否定する行為に、
先生方は心を傷めたに違いありません。
そして、昨日まで国のために命を捧げよと言ってきた先生方(大人たち)の
手のひらを返した態度に、子どもたちも不信感を抱いたことでしょう。
戦後の新しい教育にふさわしい、新しい教科書が求められていました。
そうして作られたのが、文部省著作教科書だったのです。
(現在は検定制度に基づいて民間の出版社が教科書を発行していますが、
戦後間もなくは文部省が作成していました。
なお、現在でも高校「家庭」「工業」など需要の少ない科目については、
文部科学省著作教科書が発行され、使用されています)
ところで、前回、
1947年に作成された当初の学習指導要領(試案)は、
子どもたちの〈学習〉を指導することに主眼が置かれ、
学校の先生の創意工夫に委ねることで、
子どもたちを「学ぶことの主体性」に開かせようとしていたと
指摘しました。
その意図は、教科書にも反映されています。
例えば、小学校6年生用の社会「土地と人間」には、
巻末に「教師および父兄の方へ」として以下の一節が記されています。
「この本は、児童たちに、社会科学習の手がかりとなる若干の資料を与え、合わせてその学習のしかたを暗示している。その資料は、第六学年の児童に、ぜひ与えなければならない知識を精選して排列したものではない。それは範囲からいっても深さからいっても偏している。だから、従来の教科書と同じように考えてはいけない。むしろ、児童用の参考書の一種として取り扱っていただきたい。したがって、この本に書いてあることを、順々に説明したり、暗記させたりしては困る」(一部旧字体を改めた)
文部省が自ら教科書を作成しながら、
教科書「を」教えるのではなく教科書「で」教えることを
求めていたことに注目して下さい。
例えば、学習指導要領(試案)一般編にも次のような記述があります。
「これまでの教育は、その内容を中央できめると、それをどんなところでも、どんな児童にも一様にあてはめて行こうとした。だからどうしても画一的になって、教育の実際の場での創意や工夫がなされる余地がなかった。このようなことは、教育の実際にいろいろな不合理をもたらし、教育の生気をそぐようなことになった」(一 なぜこの書はつくられたか)
先生や子どもたちを「学ぶことの自主性」に開かせるためには、
中央集権的で画一的な教育のあり方を改めなければならない。
そのことを、上に立つ者が認識していれば十分です。
ひるがえって、
制度的に(のみ)民間の出版社に発行を委ねる現行の教科書検定制度が、
本当に民主的で子どもたちにとって良いものなのか、
考えさせられてしまいますが、
深入りするのは止めておきましょう。
戦後教育の始まりにとても興味がわいてきましたので、
もう少し話を続けさせて下さい。
『山びこ学校』には、
「生命財産の保護」「日本のいなかの生活」など、
きわめて魅力的なタイトルの教科書が出てきます。
いったい何なのだろうと調べたところ、
1947年に社会科が創設された時に作られた、
中学社会科用の文部省著作教科書であることが分かりました。
このような教科書が登場した背景を考えるには、
「墨塗り教科書」について見ておく必要があるでしょう。
終戦から1か月後の1945年9月15日、
連合軍による占領下に置かれた日本政府は、
戦前の軍国主義的な教育を改め平和教育を推進すべきことを説いた
「新日本建設ノ教育方針」を発表します。
その中で、これまで用いられてきた教科書は次のような扱いとされました。
「三 教科書
教科書ハ新教育方針ニ即応シテ根本的改訂ヲ断行シナケレバナラナイガ差当リ訂正削除スベキ部分ヲ指示シテ教授上遺憾ナキヲ期スルコトトナツタ」
新しい教科書を作成・配布することができない状況なので、
戦中の教科書の軍国主義的な記述や民主主義に反する内容を削除して
用いることにしたのです。
それがいわゆる「墨塗り教科書」です。
「墨塗り教科書」の実例については以下のページをご覧下さい。
http://poem06.flib.fukui-u.ac.jp/~joho/info/blacktext/
教科書の「墨塗り」は音楽などの教科にも及んでいます。
例えば、国民学校低学年向け唱歌「モモタラウ」は、
挿絵も含めて全面削除です。
その理由は、歌詞を読めば分かります。
「ハタハ 日ノマル 青イ 海 小サナ フネガ ホ ヲ アゲタ」
犬・猿・雉を引き連れて鬼が島へ鬼退治に行く桃太郎の話は、
日の丸を掲げて戦地へ赴く内容に仕立てられていたのです。
その他、算数の教科書では何の必然性もなく
戦車や大砲の数を計算させる文章題が掲載されていたりと、
あらゆる機会を用いて子どもたちに軍国主義の精神を植え付けようとしていたことが分かります。
(注 国民学校
太平洋戦争開始の1941年、小学校は国民学校に改編され、忠君愛国の精神に基づいて戦時体制を支える皇国民の錬成が図られた)
「墨塗り」を行ったのは子供たち自身です。
文部省からの通知に従って授業中に先生方が行わせました。
教科書を真っ黒にするというこれまでの教育を全面否定する行為に、
先生方は心を傷めたに違いありません。
そして、昨日まで国のために命を捧げよと言ってきた先生方(大人たち)の
手のひらを返した態度に、子どもたちも不信感を抱いたことでしょう。
戦後の新しい教育にふさわしい、新しい教科書が求められていました。
そうして作られたのが、文部省著作教科書だったのです。
(現在は検定制度に基づいて民間の出版社が教科書を発行していますが、
戦後間もなくは文部省が作成していました。
なお、現在でも高校「家庭」「工業」など需要の少ない科目については、
文部科学省著作教科書が発行され、使用されています)
ところで、前回、
1947年に作成された当初の学習指導要領(試案)は、
子どもたちの〈学習〉を指導することに主眼が置かれ、
学校の先生の創意工夫に委ねることで、
子どもたちを「学ぶことの主体性」に開かせようとしていたと
指摘しました。
その意図は、教科書にも反映されています。
例えば、小学校6年生用の社会「土地と人間」には、
巻末に「教師および父兄の方へ」として以下の一節が記されています。
「この本は、児童たちに、社会科学習の手がかりとなる若干の資料を与え、合わせてその学習のしかたを暗示している。その資料は、第六学年の児童に、ぜひ与えなければならない知識を精選して排列したものではない。それは範囲からいっても深さからいっても偏している。だから、従来の教科書と同じように考えてはいけない。むしろ、児童用の参考書の一種として取り扱っていただきたい。したがって、この本に書いてあることを、順々に説明したり、暗記させたりしては困る」(一部旧字体を改めた)
文部省が自ら教科書を作成しながら、
教科書「を」教えるのではなく教科書「で」教えることを
求めていたことに注目して下さい。
例えば、学習指導要領(試案)一般編にも次のような記述があります。
「これまでの教育は、その内容を中央できめると、それをどんなところでも、どんな児童にも一様にあてはめて行こうとした。だからどうしても画一的になって、教育の実際の場での創意や工夫がなされる余地がなかった。このようなことは、教育の実際にいろいろな不合理をもたらし、教育の生気をそぐようなことになった」(一 なぜこの書はつくられたか)
先生や子どもたちを「学ぶことの自主性」に開かせるためには、
中央集権的で画一的な教育のあり方を改めなければならない。
そのことを、上に立つ者が認識していれば十分です。
ひるがえって、
制度的に(のみ)民間の出版社に発行を委ねる現行の教科書検定制度が、
本当に民主的で子どもたちにとって良いものなのか、
考えさせられてしまいますが、
深入りするのは止めておきましょう。

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