2010-3-4

2010年一橋大学日本史解答例(私案)

1近世の農村では、農業の集約化・多角化による生産性
の向上を図るべく商品作物の栽培が行われるとともに、
生活必需品や生産に必要な金肥・農具などを購入するた
め銭を必要とし、年貢納入後の余剰生産物を換金した。
2幕藩も生産を奨励した多年性樹木の漆・茶・楮・桑。
3貨幣経済の農村への浸透は農民層の階層分化を促し、
幕藩の財源基盤である本百姓体制を揺るがした。また、
需要の高まりに伴う物価の上昇と、その反対に新田開発
などによる供給過剰から生じた米価の低迷は、支出の増
加と収入の減少をもたらし、幕藩の財政を窮乏させた。
4ア田沼意次。商業資本を利用した財政再建を目指した
田沼は、在方株の積極的公認を通じて、各地で成長する
在郷商人の掌握と運上・冥加収入の増収を図った。イ水
野忠邦。江戸における物価騰貴に対処すべく、水野は三
都商人に対して株仲間の解散を命じ、自由な商取引を促
すことで江戸への物資供給量の増加を図ろうとした。

* 昨年は内容(文化史)といい設問数(6問)といい意表を突かれたが、今年は社
   会経済史を中心とする一橋大日本史の王道に戻った感がある。問4の株仲間
   に関する問題も、出されるべくして出されたと言えるだろう。



1高橋蔵相の積極政策による重化学工業の発達と、低為
替政策による中国市場への綿布輸出の拡大とで、大都市
に労働者が集まった。一方で、農村部は昭和恐慌の後遺
症に苦しみ、政府の自力更生路線の下で困窮していた。
2日中戦争が長期化する中、総動員体制の下で労働者が
軍需産業に動員され、大都市への人口集中が加速した。
3戦線がアジア太平洋に拡大する中で、農村部では食糧
増産のため労働力の確保が図られる一方で、都市部から
成年層が軍事動員された。その後、戦局が悪化し大都市
への空襲が激化すると、住民や工場の疎開が行われた。
4農地改革は零細農家を増加させる結果となったため、
高度成長期には都市部との経済格差が拡大し、農村部か
らの人口流出が問題化した。こうした中、1961年に制定
された農業基本法は、経営の近代化や機械化・大規模化
による自立経営農家の育成を目的としたが、逆に兼業農
家を増加させる結果に終わり過疎化に拍車がかかった。

* 経済状況と人口の増減の関連を問う問題は1998年にすでに出題されている。
   問4は農地改革の負の部分に踏み込む必要がある。その点でYの解答は物足
   りない。



1内村鑑三不敬事件。第一高等中学校の講師であった内
村が、キリスト者としての内面的な良心から教育勅語に
最敬礼を行わなかったため、天皇や皇室に対する不敬で
あるとして非難の世論を浴び、辞職を余儀なくされた。
21937年に文部省は天皇を中心とした一君万民体制を説
く『国体の本義』を発行して学校に配付し、国民教化の
根本とした。また、1941年には小学校を国民学校に改編
し、国家主義的教育を推進して皇国民の錬成を図った。
3内地との一体化を図るため、日本語や神社参拝などの
皇民化政策が行われ、朝鮮では創氏改名も強制された。
4終戦直後、GHQによる教育の自由主義化指令を受け、
軍国主義者の教職追放や修身・日本歴史・地理の授業停
止が行われた。その後、1947年には、教育の機会均等や
男女共学を定めた教育基本法や、単線型の新学制を規定
した学校教育法が制定された。また、1948年には教育委
員会法が制定されて教育行政の地方分権化が図られた。

* 近代教育史は一橋大日本史での出題が十分に予想されていた。どの設問も、
   用語の定義的説明を問う一橋大日本史らしい問題だったと言える。

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【相澤 理】
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