2010-3-1

社会科の誕生と〈学習〉指導要領

前回の話の続きです。
僕は、生活綴り方=作文という先入観があったものでしたから、
無着先生はてっきり国語の先生だと思っていたのですが、
社会科の教師として山元中学校に赴任したということを、
『山びこ学校』のあとがきを改めて読んで気づき、驚きました。
(もっとも、山間の小さな学校で全科目を教えなければならなかったのですが)

社会科は、戦後、
アメリカ教育使節団報告書(第1次・1946年)に基づいて、
民主教育の一環として鳴り物入りで創設された科目です。
戦前には、歴史・地理・政治とバラバラの科目で行われていました。
しかし、一つには知識偏重であるという批判と、
(予備校講師として耳が痛いです)
もう一つには軍国主義の片棒を担いだという批判から、
(戦前の日本史は非科学的な皇国史観に基づいて教えられ、
教科書でも天皇に関する記述は最高敬語を用いるという徹底ぶりでした。
また、地理はそもそも軍事的・地政学的な色合いの強い科目です。
地図の記号って、湿田はぬかるんで兵が進めないとか、
広葉樹林は冬に落葉して身を隠せないとか、
軍事目的で作られたものなのですよ)
終戦後にGHQによる教育の民主化指令を受けてこれらの授業を停止し、
民主社会を担う公民的資質を養うという目的で社会科が創設されたのです。

つまり、単に知識として歴史や地理を学ぶのではなくて、
それらの知見を幅広く集約し、民主的な社会を創造する力を養おうというのが、
社会科の本来の目的だったのです。
現在の学習指導要領においても、次のように目標が記されています。
「広い視野に立って、社会に対する関心を高め、諸資料に基づいて多面的・多角的に考察し、我が国土と歴史に対する理解と愛情を深め、公民としての基礎的教養を培い、国際社会に生きる民主的、平和的な国家・社会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う。」
(平成14年4月施行・中学校学習指導要領・第2節社会・第1目標)
無着先生は戦後の社会科教師の一期生でした。
何をどう教えれば良いのか、すべて手探りで始めて、
そして到達したのが『山びこ学校』だったのです。
それは、社会科の理念を見事に実現したものと言えるでしょう。
子どもたちは、自分たちの生活を直視することを通じて、
日本社会や農業の抱える問題点にまで到達していたのですから。
(前回紹介した「学校はどのくらい金がかかるものか」はその一例です)

ところで、『山びこ学校』を改めて読み直すと、
あとがきに無着先生が次のような一文を書き記していて驚嘆しました。
「社会科は、「教科書で勉強するのではない」といい「社会の進歩につくす能力をもった子供にしなければならない」という文部省の考えの深さに驚いたのでした。」
驚くのはこちらの方です。
今の学校の先生は、学習指導要領にがんじがらめにされています。
文部省(現文部科学省)が「教科書で勉強するのではない」なんて言うとは、とても信じられません。
そこで、1947年に初めて作成された学校指導要領を調べてみました。
(なお、過去の学習指導要領は、 NICER教育情報ナショナルセンターのホームページで閲覧できます)
http://www.nicer.go.jp/guideline/old/s22ej/

まず、第一に注目すべきは、当初の学習指導要領には、
表題に(試案)の2文字が書き添えられていた、ということです。
終戦直後、国も新しい民主的な教育に向けて、試行錯誤の段階でした。
ですから、これをやれ、というものではなく、
一つの提案をして、後は先生の自由に任せようというのが、
本来の学習指導要領だったのです。

序論にはこう記されています。
「もちろん教育に一定の目標があることは事実である。また一つの骨組みに従って行くことを要求されていることも事実である。しかしそういう目標を達するためには、その骨組みに従いながらも、その地域の社会の特性や、学校の施設の実情やさらに児童の特性に応じて、それぞれの現場でそれらの事情にぴったりした内容を考え、その方法を工夫してこそよく行くのであって、ただあてがわれた型のとおりにやるのでは、かえって目的を達するに遠くなるであろう。」
先生自身を「学ぶことの主体性」に開かせようとした意図が読み取れます。

そして、第二に注目すべきは、
「学習指導要領」という言葉の意味です。
僕はこれまで、なぜ〈学習〉指導要領なのか、考えてもみませんでした。
その意味、その目標は、明解にこう書かれています。
「児童や青年は、現在ならびに将来の生活に起る、いろいろな問題を適切に解決して行かなければならない。そのような生活を営む力が、またここで養われなくてはならないのである。それでなければ、教育の目標は達せられたとは言わない。」
学習指導要領とは本来、
学校の先生が何をどう教えるかという手引きではなく、
子どもたちをいかに〈学び〉へと導いていくかという視点で作られた、
まさに〈学習〉指導要領だったのです。
そして、子どもたちを「学ぶことの主体性」に開かせるものは
先生の「学ぶことの主体性」ですから、
2つの注目点はつながっています。

この学習指導要領が今もあれば、
僕が社会科学編で「16.超極私的教育論」なんて書く必要も、
ウチダ先生が沓をはかせる話を何度も語る必要もないのでした。
(11月29日付ブログ参照)

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プロフィール

【相澤 理】
(AIZAWA OSAMU)
職業:予備校講師

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相澤 理