人が人を想う気持ちについて
「逢いたくなったらまた来て下さい。
私たちはいつでもここにいます」
舞台が終わった後、劇団の中心的な役者である西川浩幸さんは、
決まってこう挨拶します。
その言葉に誘われるかのように、季節の変わり目ごとに行われる
年4〜5回の演劇集団キャラメルボックスの公演に、僕は必ず足を運びます。
それは、僕の心のうちにもちゃんとある「人が人を想う気持ち」を、
確かめるためなのかもしれません。
僕がもっとも心に残っている作品が、
いしいしんじさん原作の『トリツカレ男』です(原作は新潮文庫刊)。
外国語、オペラ、昆虫採集、三段跳び・・・
次から次へと取り憑かれたように夢中になるジュゼッペのことを、
町の人は「トリツカレ男」と呼びます。
ジュゼッペが次に取り憑かれたのは、
寒い異国からやってきた無口な風船売りの少女ペチカでした。
ペチカは、お母さんの病気の治療のために異国の地で不馴れな生活を送り、
町の人とも言葉が上手く通じず、心を閉ざしていました。
ジュゼッペは、ペチカに笑顔を取り戻してあげたくて、
これまで取り憑かれて身に付けてきた技のすべてを尽くします。
医者になりすまし、歌の力でお母さんの病気も直してしまいます。
しだいにペチカは心を開き、笑顔を見せるようになりました。
しかし、ペチカの笑顔から「くすみ」がどうしても取れません。
それは、婚約者であるタタン先生が心に棲みついていたからでした。
教え子であったペチカは、
タタン先生と結婚を約束してジュゼッペの住む町に来ました。
ところが、タタン先生はコーチを務めるアイスホッケー部の合宿中に、
雪山で事故に遭って亡くなってしまいます。
ロープウェーに取り残された子どもたちを救うため、
自分が犠牲になって飛び下りたのでした。
ぺチカの部屋の中がタタン先生の写真で埋め尽くされていることを
知ったジュゼッペは、自分がタタン先生になることを決意します。
仮面をつけて変装し、
夕方遅くまで子どもたちにアイスホッケーを教え、
そして夜には梯子から窓ごしにペチカに話しかけました。
無理がたたって、ジュゼッペは身体をこわしてしまいます。
しかし、ジュゼッペはペチカの許を訪れることを止めませんでした。
ある晩、ペチカは満面の笑顔で、
ジュゼッペという新しい友達ができたと、
タタン先生に変装したジュゼッペに、それとは知らず話します。
ジュゼッペは、一抹の寂しさを感じながらも、
ペチカに本当の笑顔が戻るならそれで良いと、
ペチカの部屋に通い続けました。
ペチカのお母さんの病気が治って、故郷に帰る日のことです。
ジュゼッペはその日も病身をおしてペチカの部屋に向かいました。
梯子を上り、いつものように窓に呼びかけると、
そこに立っていたのはタタン先生でした。
タタン先生は子どもたちを助けるのに精いっぱいで、
ロープウェーから飛び下りたときにペチカのことを想ってやれなかったことを悔やみ、
魂がこの世に取り残されていました。
ペチカの心のうちに棲みつく自分への想いをぬぐい去ってあげたい。
そう想っているところに現れたのが、ジュゼッペでした。
タタン先生の魂は、このトリツカレ男を見込んで、
ペチカの氷の心を溶かせようとしたのです。
タタン先生はジュゼッペに感謝の言葉を述べ、こう言います。
「私はきみのからだ越しにたくさんのことをペチカにはなした。ペチカもはなしてくれたんだ。あのこがきみの話をしてくれたとき、ああ、もうほとんど大丈夫だ、と私にはわかった。ペチカにはちゃんと、この世にジュゼッペ、きみがいる。・・・ほんとうにありがとう、ジュゼッペ君。私はやっとこの世からいなくなる」
そして、タタン先生はジュゼッペに最後のお願いをします。
それは、自分がロープウェーから飛び下りたときにしてやれなかったこと、
ペチカの名を呼びながら梯子からまっさかさまに落ちることでした。
(僕は今、こうやって書いているだけで涙が止まらなくなっています。
自分でも何を書いているのかよく分かりません。
かろうじてここまで読んでくれた方も、何のことやらとお思いでしょう。
しかし、です。
本当に伝えたい想いは、きちんと整理された言葉にならないものなのです。
そして、どんなに意味不明で支離滅裂であっても、
このことは書かなくてはならないと心がかき立てられて、
今回は核密約問題の続編という予定を置き去りにしたまま、
トリツカレたように書いています)
ペチカは、帰りの駅のホームで、
この町で自分の身に訪れた幸運の全てが
ジュゼッペの計らいであったことを聞かされます。
そして、毎晩やってきたタタン先生のホッケーだこが、
左手にできていたことを思い出します。
タタン先生は右利きなのに、です。
ペチカは、ジュゼッペがタタン先生に変装していたことに気付きます。
そして、変装したタタン先生が自分に話しかけてくれた、
「私がトリツカレたのは、ホッケーではない。子どもたちだ。私の周りにいる素晴らしい人たちだ。
そして何より、君だ」
という言葉が、ジュゼッペ自身のものであったことに思い至ります。
ペチカは、一目散に今晩もジュゼッペがタタン先生に変装して
来てくれているはずの自分の部屋に戻ると、
ジュゼッペは自分の名前を叫んで梯子から飛び下りているところでした。
ペチカはジュゼッペの背中をその腕でしっかりと抱きとめ、
二人は結ばれたのでした。
(僕はもうこの場面をDVDで何度も観てそのたびに号泣です)
ここまで読んでいただいて大変申し訳ないのですが、
キャラメルボックスの魅力を、やはり言葉で伝えることはできません。
梶尾真治さん原作(朝日新聞出版)の、
クロノス・ジョウンターというタイムマシンに乗って、
過去に大切な人を救いに行くお話が、
『ミス・ダンデライオン』と『南十字星で』の2本立てて、
4月4日まで池袋サンシャイン劇場で上演されています。
ふだんの半分の60分という、
演劇初心者にも取っ付きやすい長さですので、
(逆に2本続けて観るとあまりの内容の濃さにキツイです)
「人が人を想う気持ち」を確かめにぜひ足を運んでみて下さい。
私たちはいつでもここにいます」
舞台が終わった後、劇団の中心的な役者である西川浩幸さんは、
決まってこう挨拶します。
その言葉に誘われるかのように、季節の変わり目ごとに行われる
年4〜5回の演劇集団キャラメルボックスの公演に、僕は必ず足を運びます。
それは、僕の心のうちにもちゃんとある「人が人を想う気持ち」を、
確かめるためなのかもしれません。
僕がもっとも心に残っている作品が、
いしいしんじさん原作の『トリツカレ男』です(原作は新潮文庫刊)。
外国語、オペラ、昆虫採集、三段跳び・・・
次から次へと取り憑かれたように夢中になるジュゼッペのことを、
町の人は「トリツカレ男」と呼びます。
ジュゼッペが次に取り憑かれたのは、
寒い異国からやってきた無口な風船売りの少女ペチカでした。
ペチカは、お母さんの病気の治療のために異国の地で不馴れな生活を送り、
町の人とも言葉が上手く通じず、心を閉ざしていました。
ジュゼッペは、ペチカに笑顔を取り戻してあげたくて、
これまで取り憑かれて身に付けてきた技のすべてを尽くします。
医者になりすまし、歌の力でお母さんの病気も直してしまいます。
しだいにペチカは心を開き、笑顔を見せるようになりました。
しかし、ペチカの笑顔から「くすみ」がどうしても取れません。
それは、婚約者であるタタン先生が心に棲みついていたからでした。
教え子であったペチカは、
タタン先生と結婚を約束してジュゼッペの住む町に来ました。
ところが、タタン先生はコーチを務めるアイスホッケー部の合宿中に、
雪山で事故に遭って亡くなってしまいます。
ロープウェーに取り残された子どもたちを救うため、
自分が犠牲になって飛び下りたのでした。
ぺチカの部屋の中がタタン先生の写真で埋め尽くされていることを
知ったジュゼッペは、自分がタタン先生になることを決意します。
仮面をつけて変装し、
夕方遅くまで子どもたちにアイスホッケーを教え、
そして夜には梯子から窓ごしにペチカに話しかけました。
無理がたたって、ジュゼッペは身体をこわしてしまいます。
しかし、ジュゼッペはペチカの許を訪れることを止めませんでした。
ある晩、ペチカは満面の笑顔で、
ジュゼッペという新しい友達ができたと、
タタン先生に変装したジュゼッペに、それとは知らず話します。
ジュゼッペは、一抹の寂しさを感じながらも、
ペチカに本当の笑顔が戻るならそれで良いと、
ペチカの部屋に通い続けました。
ペチカのお母さんの病気が治って、故郷に帰る日のことです。
ジュゼッペはその日も病身をおしてペチカの部屋に向かいました。
梯子を上り、いつものように窓に呼びかけると、
そこに立っていたのはタタン先生でした。
タタン先生は子どもたちを助けるのに精いっぱいで、
ロープウェーから飛び下りたときにペチカのことを想ってやれなかったことを悔やみ、
魂がこの世に取り残されていました。
ペチカの心のうちに棲みつく自分への想いをぬぐい去ってあげたい。
そう想っているところに現れたのが、ジュゼッペでした。
タタン先生の魂は、このトリツカレ男を見込んで、
ペチカの氷の心を溶かせようとしたのです。
タタン先生はジュゼッペに感謝の言葉を述べ、こう言います。
「私はきみのからだ越しにたくさんのことをペチカにはなした。ペチカもはなしてくれたんだ。あのこがきみの話をしてくれたとき、ああ、もうほとんど大丈夫だ、と私にはわかった。ペチカにはちゃんと、この世にジュゼッペ、きみがいる。・・・ほんとうにありがとう、ジュゼッペ君。私はやっとこの世からいなくなる」
そして、タタン先生はジュゼッペに最後のお願いをします。
それは、自分がロープウェーから飛び下りたときにしてやれなかったこと、
ペチカの名を呼びながら梯子からまっさかさまに落ちることでした。
(僕は今、こうやって書いているだけで涙が止まらなくなっています。
自分でも何を書いているのかよく分かりません。
かろうじてここまで読んでくれた方も、何のことやらとお思いでしょう。
しかし、です。
本当に伝えたい想いは、きちんと整理された言葉にならないものなのです。
そして、どんなに意味不明で支離滅裂であっても、
このことは書かなくてはならないと心がかき立てられて、
今回は核密約問題の続編という予定を置き去りにしたまま、
トリツカレたように書いています)
ペチカは、帰りの駅のホームで、
この町で自分の身に訪れた幸運の全てが
ジュゼッペの計らいであったことを聞かされます。
そして、毎晩やってきたタタン先生のホッケーだこが、
左手にできていたことを思い出します。
タタン先生は右利きなのに、です。
ペチカは、ジュゼッペがタタン先生に変装していたことに気付きます。
そして、変装したタタン先生が自分に話しかけてくれた、
「私がトリツカレたのは、ホッケーではない。子どもたちだ。私の周りにいる素晴らしい人たちだ。
そして何より、君だ」
という言葉が、ジュゼッペ自身のものであったことに思い至ります。
ペチカは、一目散に今晩もジュゼッペがタタン先生に変装して
来てくれているはずの自分の部屋に戻ると、
ジュゼッペは自分の名前を叫んで梯子から飛び下りているところでした。
ペチカはジュゼッペの背中をその腕でしっかりと抱きとめ、
二人は結ばれたのでした。
(僕はもうこの場面をDVDで何度も観てそのたびに号泣です)
ここまで読んでいただいて大変申し訳ないのですが、
キャラメルボックスの魅力を、やはり言葉で伝えることはできません。
梶尾真治さん原作(朝日新聞出版)の、
クロノス・ジョウンターというタイムマシンに乗って、
過去に大切な人を救いに行くお話が、
『ミス・ダンデライオン』と『南十字星で』の2本立てて、
4月4日まで池袋サンシャイン劇場で上演されています。
ふだんの半分の60分という、
演劇初心者にも取っ付きやすい長さですので、
(逆に2本続けて観るとあまりの内容の濃さにキツイです)
「人が人を想う気持ち」を確かめにぜひ足を運んでみて下さい。

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