2009-11-29

ウチダ先生はえらい

僕が書き手として尊敬している内田樹先生(神戸女学院大学教授)が、
文章によく引く話に能楽の『張良』という戯曲があります。

劉邦の家臣として漢の建国に貢献した武人・張良は、
浪人時代に太公望の兵法の奥義を知るという老人・黄石公に出会います。
(太公望は呂尚の通称で、紀元前11世紀に活躍した伝説的な武人です)
黄石公は奥義を伝授すると張良に口約束したものの、なかなか教えてくれません。
ある日、張良は道で馬に乗る黄石公とすれ違うと、
黄石公は馬上から靴を落とし、取って履かせよと言いました。
張良は意味も分からず師匠の命に従って、靴を履かせます。
そしてある日、再び道で馬に乗る黄石公とすれ違うと、
黄石公はまたもや馬上から靴を落とし、取って履かせよと言いました。
その瞬間、張良は太公望の兵法の奥義を会得しましたとさ。
まったくもって不思議な話です。

この話は、学ぶこと・教えることの本質を見事に表現しています。

まず、張良は兵法の奥義を師匠に教わることなく自分で学びました。
つまり、物事は自分で学ぶことしかできない、ということです。
張良は、黄石公が2度目に馬上から靴を落としたとき、
これは何かのメッセージに違いないと考えたに違いありません。
黄石公が偶然に靴を落としたかもしれないのに、です。
ここには、学ぶ者が自ら問いを立て、
自ら学んでいく(自ら学んでいくしかない)という学びの本来的なあり方が示されています。

次に、学ぶ者が自分で学んでいくしかない以上、
教える者はあれこれ教えようとしない方が良い、ということです。
黄石公が奥義伝授のため綿密なカリキュラムを立て、
手取り足取り指導をしていたら、張良は奥義を体得できなかったに違いありません。
そうした作為は、自発的な学びを阻害するだけだからです。
そして、もう一つ大切なことがあります。
それは、何かを教えようとすると、教えた内容しか学ぶことができなくなってしまう、ということです。そもそも、教えられることなんて、奥義でも何でもありません。
学ぶ者の自発的な学びを損ねない。
それこそが、教えることの極意なのです。
(以前にも書きましたが、僕が、「この1冊でO.K.」とか「面白いほどよくわかる」とか唱う参考書を信用しない理由はここにあります。
それから、『小論文時事テーマとキーワード』には、
それでは売れないと営業サイドから脅され、
やっぱり載せた方が良いですよと編集者にさんざん言われても、
意図的に実際の入試問題と解答例を載せませんでした。
そうしたゴール地点が示されたとたん、
読者の思考がそこでストップしてしまうことを、
先行の類書を他山の石として知っていたからです。
『小論文時事テーマとキーワード』は皆さんが考えるきっかけとなればと思って書いた本ですから、間違っても「ネタ本」みたいに扱うのはやめて下さいね。)
僕は自分の中学・高校時代の経験から、この話が痛いほどよく分かります。
 (社会科学編「16.超極私的教育論」参照)
そして、僕とウチダ先生との出会いもそのようなものでした。

数年前、レヴィナスという哲学者(以前にも紹介しました)と、
ラカンという精神医学者に、両者の関係性について何も意識せぬままに興味を持っていたときに、ウチダ先生は「ラカンによるレヴィナス」という副題のある著書をものしていらしたのです。
(多少は勉強した今だからこそ、よりいっそうその凄さが身に滲みますが、
両者を結び付けるという発想は尋常ではありません)
その瞬間から、ウチダ先生は僕の師匠となりました。
そして、いろいろなことを勝手に学ばせてもらっています。
「ウチダ先生はえらい」なのです。
こういう先生を見いだせるかが、人生を豊かなものとする上で必要なんだろうなと思います。
ただ、「尊敬できる先生がいない」とか嘆いてはいけませんよ。
あなたが誰かを先生と思った瞬間から、その人は先生となり、
学びは開かれるのですから。

ということで、ウチダ先生の入門編として、
『先生はえらい』(ちくまプリマー新書)をお薦めします。
 
追記張良が会得した奥義について説明していませんでしたね。
張良が黄石公とのやり取りで学んだのは、主導権を握ることの重要性です。
黄石公は張良に考え込ませました(その意図があったかとは関係なく)。
この時点で、黄石公は完全に勝利を収めています。
張良が勝手に考えている間に、ばっさり斬ってしまえば良いのですから。
無心であれ、ということがこの話の教訓でしょうか。
あるいは、他者を勝手に想定する自分の心こそが本当の敵、ということかもしれません。
意味は各自で読み取って下さい。
それこそが学びの本来的なあり方です。

2009-11-24

沖縄の〈自立〉への遠い道のり

前回の話の続きです。
住宅地に隣接する米軍基地の存在は、沖縄県民に大きな肉体的・精神的負担をかけています。
日米同盟(日米安全保障条約)の歪みが沖縄に集中している形です。

しかし、沖縄の人々にとっても、基地をなくすことはできません。
というのは、基地の存在によって支給される補助金なしに、
沖縄の経済は成り立たない状態になってしまっているからです。

1972年、沖縄施政権が日本政府に返還されて以降、
沖縄にはさまざまな名目で補助金が投入されてきました。
例えば、沖縄振興開発事業費は、平成20年度(2008)までの累計で約8兆5000億円に達します。

また、SACO交付金は、基地を受け入れている自治体に対して、
公民館などの建設費用を全額補助するというものです。
その他、北部振興事業・特別調整費など、
保守系知事の誕生に対する論功行賞的な意味合いのものもあります。
この結果、沖縄県内の公共事業における国庫補助負担率は9割近くに上り
(全国平均は約50%)、すでに補助金なくして沖縄経済は成り立たない状態です。
 
たしかに、米軍直接統治下の沖縄では、基地の運営が最優先で
産業復興などは全く行われてきませんでしたから、
経済水準を「本土なみ」に引き上げるべく補助金を投入することは、必要不可欠でした。
しかし、問題は補助金が沖縄を豊かにしなかったことです。

第一に、補助金のほとんどは道路や橋脚などの土木工事に当てられました。
ですが、発注を受けるのは本土の大手ゼネコンでしたから、
沖縄県民を直接にうるおすということにはなりませんでした。
このあたり、東南アジア諸国に支払われた賠償金が
日本企業の懐に入るという構図によく似ています。 (社会科学編) 

第二に、公共事業のほとんどがいわゆる「ハコモノ」であったため、
作ったらそれでおしまいの代物で、経済の活性化にはならなかったことです。
沖縄では多くの離島に補助金で橋が架けられています。
例えば、古宇利島と沖縄本島を結ぶ古宇利大橋は、
総工費約270億円で、島の人口は約350人ですから、
島民1人あたり約7700万円が使われた計算です。
しかし、島には際立った産業がなかったため、過疎化に拍車をかける結果となりました。
道路(橋)を作ったら若者が都会へ出ていった。
人口流出の問題が「本土なみ」に沖縄に持ち込まれたかのようです。

第三に、乱開発が沖縄の重要な観光資源である自然を荒らしてしまっているという問題が挙げられます。
沖縄本島北部に位置する「やんばるの森」は野生の生物種の宝庫ですが、
林道の建設によって森が寸断され、生態系が破壊されている状況です。
(ちなみに、普天間飛行場の県内移転先候補として挙げられている
キャンプ・シュワブはこの「やんばるの森」に面しており、
森林面積の約3分の1が米軍の訓練場となっています)

沖縄が「基地なき島」を目指すならば、〈基地と補助金がなくても自立してやっていける経済〉を成り立たせる必要があります。

 沖縄をいかにして経済的に自立させるか、それは、75%の基地の負担を背負ってもらっている私たちにも投げかけられた問題であるはずです。

2009-11-16

沖縄の〈戦後〉は終わらない

11月13日、アメリカのオバマ大統領が初来日しました。
鳩山由紀夫首相との会談後に行われた共同会見では、
日米同盟の深化が強調されたものの、
懸案であった沖縄の普天間飛行場(基地)の移設問題に関しては、
「早期解決を目指す」との表現にとどまり、その後の対応も、
 2007年の合意に基づいてキャンプ・シュワブ(名護市辺野古)への移設を
早急に進めたいアメリカと、
県外移設も視野に再議論したい日本との思惑の間でズレが生じています。
 
米軍基地の問題は、冷戦後のアジア戦略や、日米関係、
沖縄の置かれた現状など、さまざまな要素が絡み合っていて、
一筋縄ではいきません。
そこでまず、戦後の沖縄の歴史から振り返ってみたいと思います。

沖縄は、アジアにおける海洋上の絶好の要所に位置しています。
こうした地理的な条件から、中世には琉球王国が中継貿易で繁栄しました。
アメリカは、沖縄を冷戦下のアジア戦略に生かそうと考えます。
第2次世界大戦の終戦後、日本の本土ではGHQによる間接統治が行われましたが、
(間接統治とは、GHQの指令・勧告に基づいて、
日本政府に改革を行わせる占領方式です)
沖縄・小笠原・奄美などの北緯29度以南の南洋諸島では、
アメリカ軍による直接軍政が敷かれました。
アメリカは、沖縄を基地として利用するため、
本土から切り離して、独り占めしようとしたのです。

1951年、サンフランシスコ平和条約(社会科学編P.15,P.107)が結ばれ、
翌1952年の発効によって本土では占領が終了しましたが、
北緯29度以南の諸島はアメリカの施政権下に置かれ続けました。
その後、奄美諸島は1953年、小笠原諸島は1968年に返還されます。
しかし、アメリカは沖縄の基地だけは手放そうとしませんでした。

転機が訪れるのは1960年代後半のことです。
アメリカが1965年に開始したベトナム戦争(北爆)において、
沖縄は最大の出撃基地となりました。
基地拡張のための新たな土地取り上げや不発弾の爆発といった被害が相次ぐ中で、
祖国復帰運動は反戦運動と一体となって全島的な盛り上がりを見せます。
1968年11月に初めて行われた琉球政府主席公選では、
革新統一候補の屋良朝苗氏が「即時無条件全面返還」を掲げて当選しました。
その直後、B52爆撃機が嘉手納基地で墜落するという大事故が発生します。
運動は最高潮に達し、上から押さえつけるのはもはや限界であった。
 
一方、戦争の長期化でアメリカは財政的に行き詰まります。
 (社会科学編別冊P.41参照)アメリカは北爆に際して、
第2次世界大戦で使用した2.7倍もの爆弾を投入しています。
しかし、戦争は泥沼化していき、膨大な戦費に国家財政は悪化していきました。
もはや、沖縄の維持にかかるコストの負担が困難となっていました。
そこで、アメリカは返還を熱望する日本政府の要求を受け入れ、
施政権を返還して負担の肩代わりをさせようと考えたのです。

1969年、アメリカのニクソン大統領が日本の佐藤栄作首相と会談し、
「核抜き・本土なみ」を条件とする1972年の沖縄施政権返還で合意しました。
〈核抜き〉に関しても問題が山積ですが、今回はやめておきましょう。
注目してほしいのは〈本土なみ〉の方です。
沖縄を〈本土なみ〉にする、その意味は、両首脳の間で合意された
「施政権返還にあたっては,日米安保条約及びこれに関連する諸取決めが
変更なしに沖縄に適用される」という文言から読み取れます。
アメリカの最大の懸案は、
沖縄施政権返還後も基地をこれまでどおり置けるかでした。
日米安保条約の適用、これこそが〈本土なみ〉の意味です。
そして、返還後も沖縄に置かれた基地は存続することとなりました。

現在、沖縄には0.5%の国土に75%の基地が集中している状態です。
アメリカに寄り添って生きていくことを選んだ戦後の日本の、
そのしわ寄せが沖縄に来ているとも言えるでしょう。
移設問題に揺れる普天間飛行場(基地)は、
宜野湾市の市街地に隣接しており、この状況は解消されなければなりません。
しかし、沖縄はすでに基地なしには経済が成り立たなくなっています。
次回はこの問題について考えてみたいと思います。

2009-11-16

ご質問にお答えします2

ななさんから、〈都市問題〉についての質問をいただきました。
ありがとうございます。

まず、〈都市〉って何でしょう?
こういう当たり前のように用いている言葉の意味を押さえるというのは、
物事を考える・文章を書くときにとても大切なことですよ。
〈都市〉とは、流通の結節点として人が集中(密集)した場所のことです。
港や河口、寺社の門前などに市が立ち、
ヒトとモノが集まってくることから〈都市〉は始まります。

この定義に従えば、〈都市問題〉とは、
人口の集中(密集)によって生じる問題のことです。
例えば、交通渋滞の問題などがまさにそうですよね。
公害や住環境の悪化も典型的な〈都市問題〉です。

ただし、人口の集中(密集)によって生じる問題と言ったら、
ヒートアイランド現象や治安の悪化、さらにはストレスの増加なども
〈都市問題〉となってしまいます。
あるいは、スプロール現象(地方や郊外における無秩序な都市化)なども、
これに含めることができるでしょう。

これらを全てここで説明することはできませんので、
あとはななさん興味・関心に従って調べてみるのが良いでしょう。

補足として、〈都市問題〉を考える上で重要な視点を一つ紹介します。
英語で都市を"civil"、文明を"civilization"と言います。
文明とは、もともと都市化が進むことを意味しました。
では文明とは何か? 似た言葉の文化と比較すると分かりやすいでしょう。
文化は英語で“culture”です。
「耕す」という意味で、農業(agriculture)とも密接な関係があります。
つまり、農業などを通じて、
自然や土地に根ざした生活の中から生まれてくるものを文化と言うのです。
これに対して、自然や土地から切り離された生活を送るのが都市です。
都市では、農業生産ではなくモノの消費が生活の中心となります。
ですから、文明の語は、物質文明などと言うように、
物質的な側面を強調して用いる場合が多いです。

さて、都市に戻りましょう。
いまの説明ででてきた、「切り離された生活」という点に注目して下さい。
都市に住む人たちが切り離されるのは、自然や土地だけではありません。
いちばん大きなものが、人間関係です。
不特定多数の他者が集うだけの都市に、
農山漁村のような濃密なコミュニティ(地域社会)は存在していません。
それは、確かに「自由」を得たという側面もありますが、
何かのときに助け合う互助的な組織がないことも意味します。
そうした観点から、介護や教育などの問題を考えると、
〈都市問題〉に関する議論もぐっと深まると思いますよ。
(看護医療編「14.自殺の原因を考える」も参照して下さい)

ここでの回答も、『小論文時事テーマとキーワード』と同様に、
〈考えるきっかけ〉を提供することに徹しますが、
この程度で良ければ質問をお寄せ下さい。
ただし、回答は原則として月曜日のみです。

2009-11-9

参考書が〈正しいこと〉だけを書いていれば良かった時代

高田瑞穂先生(成城大学名誉教授・故人)の『新釈現代文』という書名は、
伝説の参考書として以前から聞き知っていました。
今から50年前の1959年に刊行され、
20年近くにわたって受験生のバイブルとされていた参考書です。
その『新釈現代文』が、ちくま学芸文庫から復刊されました。

一気に最後まで読み、もう一度精読して、僕の感想は、
こんなに〈正しいこと〉しか言っていなくて、ズルイ、です。

この書には「たった一つのこと」しか説かれていない。
高田先生は〈序〉にそう書き記しています。
「たった一つのこと」、それが何なのかが明らかにされるのは、
第一章・予備、第二章・前提と準備を重ねて、
全体の3分の1ほどが過ぎ、第三章・方法に入ってからのことです。

「たった一つのこと」とは、決して魔法のような解法ではありません。
本文の冒頭から一言一句おろそかにせず読み進め、
筆者の言いたいことを、論旨の展開を追って把握する、
ただ、それだけのことです。

しかし、読みの深さ・精密さには圧倒されます。
僕も読みの深さには結構自信がある(あった)のですが、
高田先生の解説を読むにつけ、
何気ない一語にこれだけのことを考え、
こんなにも滋味多き内容を読み取るのかと、
自分のこれまでの読みを反省させられました。
高田先生の読みの深さの前では、
現代文は本文に書かれていることのみが問われるなどという、
まやかしの予備校講師が言うことなんて吹っ飛んでしまいます。
(なお、長くなるので説明はしませんが、
「現代文は本文に書かれていることのみが問われる」
というのは嘘です
)

『新釈現代文』には数多くの名文句が書かれていますが、
その中でも僕が最も印象に残ったのは、最後に記された次の一節です。

「どうぞこの本は、二度読んで下さい。どんな書物でもそうですが、
二度読んではじめて読んだと言えるのです。」

こんな〈正しいこと〉を書いている参考書が、いまあるでしょうか?
巷間に流通する現在の参考書の多くには、
タイトルに、「よく分かる」だとか、「まるまる使える」だとか、
「面白いほど点数が取れる」だとか、
まあこんなのに騙されて本当に手を出すかというような、
消費者(読者)を小馬鹿にしたような言葉がついています。
でも、考えてもみて下さい。
一度さっと読んだだけで分かるような内容なんて、
読まなくても分かるのです。
ならば、この本は読まなくても良いですと言っているようなものです。

高田先生の『新釈現代文』は、一度読んだくらいでは分かりません。
二度読んで、「たった一つのこと」の奥深さに震えが走ります。
『新釈現代文』を読むこと、それ自体が現代文を読むことなのです。

僕ももっと修行を積んで、
『新釈現代文』のような、〈正しいこと〉だけを言って、
受験生に受け入れられる参考書を、いつか書きたいです。

(追記)
ちなみに、僕の知る限り〈正しいこと〉だけが書かれている参考書は、
『現代文と格闘する』(河合出版)
『荒巻の世界史の見取り図』(東進ブックス)
の2冊です。
それから、旺文社の内部の人でこのブログを読んでいる方がいたら、
『堀木の読めてくる現代文1・2』をぜひ復刊させて下さい。
よろしくお願いします。

2009-11-9

ご質問にお答えします

aさんから以下のような質問を受けました。有難うございました。
「《地球温暖化と経済発展とのバランスについて具体的な問題や解決策》
について何か意見がありましたら教えて下さい。」
僕は、環境保全と経済発展との〈バランス〉を取るという、
その発想自体を断念しないかぎり、抜本的な解決はないと考えています。

環境問題に市場メカニズムを導入する試みについては、
本書でもいくつか紹介しました。
しかし、それらの効果はすべて限定的なものです。
例えば、環境税の導入(社会科学編55ページ)は、
環境汚染という外部不経済にかかる社会的費用を企業の負担とすることで、
コスト削減に向かわせようとするものでしたが、
外部不経済のすべてを内部化することはできません。
また、排出量取引(社会科学編140ページ)については、
EUでの失敗例を紹介しました。
エコポイント制度(社会科学編別冊53ページ)にいたっては、
単なる景気回復策です。

結局、市場メカニズムで環境問題を解決しようとすると、
〈経済発展や企業の利潤を損なわない限りにおいて環境問題に取り組む〉
ということに止まってしまいます。
(各種「エコビジネス」を見ていれば一目瞭然でしょう)

僕は、人類が自分たちのことは自分で決めるという自己決定権を、
最終的に放棄する必要があると思っています。
(環境問題と自己決定権の関係については、
社会科学編とは違う視点から看護医療編で書きましたので、そちらをお読み下さい)
しかし、具体的に何をどうすれば良いのかについては、
僕自身にも答えがありません。
そこで、当面どうするのかを考えたとき、
〈経済面からの環境問題へのアプローチは、きわめて限定的である〉
という、ある種の謙虚さを持つことが必要ではないかと考えています。
例えば、バイオ燃料にしても、
たかだかカーボンニュートラルであるにすぎません(社会科学編140ページ)
ただ、限定的であることを、限定的であることを自覚しつつ、
限定的に行うことには大きな意味がありますので、
現状ではそれでしのいでいくしかないのだと思います。

僕の今の力量で言えるのはこれが限界です。
そもそも、『小論文時事テーマとキーワード』は、
そのまま書けば合格点が取れるといった〈ネタ本〉ではなく、
考えるきっかけになれば良いと思って書いたものです。
後はaさん自身でお考えいただくのが一番だと思います。

この程度の回答で良ければご質問をお寄せ下さい。
また、ブログは原則として毎週月曜日にしか更新しませんし、
コメントを毎日チェックするなんてことはないですので、
タイミングによっては回答が遅くなる場合もあることをご了承下さい。

2009-11-2

孤独と向き合う「おひとりさま」

〈私〉は〈他者〉に対していかに向き合うべきか。
この問題を深く探究したのが、ユダヤ人哲学者のレヴィナス(190595)です。
レヴィナスは、〈他者〉は〈私〉とは全く異なる〈顔〉として立ち現れ、
暴力や恐怖にうち震えるその〈顔〉は、
〈私〉に向けて「汝殺すなかれ」と呼びかけてくる、と論じました。
〈私〉は、その〈顔〉を真正面から受け止めることで、
他者に対して倫理的な主体として開かれていくのです。

この、戦慄すら感じさせる思考は、

レヴィナスが、第2時世界大戦中に家族がナチスの手によって虐殺され、
自分だけが生き残ってしまったことに由来しています。
レヴィナスは、そのことに負い目を感じながら、思索を深めてきたのです。
「汝殺すなかれ」と呼びかけながらナチスに殺されていった、
家族や郷里の人たちを思い浮かべつつ。

他者とは絶対的に異なる。根本的には理解しあえない。

そうした〈私〉の孤独さの深淵をのぞき込み、
決して目をそらそうとしないレヴィナスの思考に僕は敬意を評してきました。
そして、その強靭な精神はどこから生まれてきたのかと考えていました。

『橋本治と内田樹』(筑摩書房)という、僕にとっては夢のような対談集で、
(僕が、目標としている文筆家は?と聞かれれば、
第1に橋本治、その次に内田樹と答えるであろう2人です)
レヴィナス研究者でもある内田樹さん(神戸女学院大学教授)は、
レヴィナスは、幼少期に家族の愛情を適切に受けてきたから、
孤独でも大丈夫なのではないか、といった趣旨のことを述べています。

自分にとって特別な誰かと、いつも心を通わせている。
そういう強い気持ちがあるからこそ、孤独でも平気でいられる。
小さかったころを思い出してみて下さい。
お絵書きでもお遊戯でも、何でも両親に見せたがりませんでしたか?
いつでも自分のことを見守ってくれている。
そういう安心感があって、子どもは自分の世界に飛び出していけるのです。

人間にとって究極の孤独とは、〈死〉です。
人は誰もひとりで死ななければなりません。
本来的な孤独を思い起こさせるからこそ、〈死〉に恐怖を感じるのでしょう。
でも、友人や、家族や、愛する人がいればダイジョーブ。
だから、ちゃんと人間関係を作っておきなさいよ。
あと、死後に困った問題を残さないように、身辺整理をしておきましょうね。
僕も学生時代に勉強させていただいた、
フェミニズム研究の第一人者・上野千鶴子さん(東京大学教授)が著わした
『おひとりさまの老後』(法研)は、そんな内容でした。

その通りだと思います。
でも、それが非常に残酷な宣告に聞こえるのはなぜなのでしょう?
(上野さんはもともとそういう物言いをする人ですが)
それはおそらく、「婚活」が求められ、草食系男子が増殖している
現代社会のあり方と関係しています。

次回はそのことをもう少し考えてみたいと思います。

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【相澤 理】
(AIZAWA OSAMU)
職業:予備校講師

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相澤 理