2009-10-26

「婚活」時代 2

前々回の話のおさらいです。
家族社会学者の山田昌弘さん(中央大学教授)は、
ジャーナリストの白河桃子さんとの共著
『「婚活」時代』(ディスカヴァー携書)において、
終身雇用と年功序列賃金に支えられた職場環境が崩れ、
恋愛市場の規制緩和が進んだことで、
「出会い格差」や「魅力格差」が生じ、
今や男性にも女性にも「婚活」が求められる時代になったと指摘しています。

そして、
そのように恋愛と結婚をめぐる環境が変化しているのにもかかわらず、
価値観だけが一向に変わらないことが問題の根っこにあると提起して、
前々回の内容を終わりにしていました。

「男は仕事/女は家事」といった、
社会的な性別(ジェンダー)による分業の意識を、性的役割分担と言います。
男女雇用機会均等法や男女共同参画社会基本が施行され、
女性が男性とともに社会に出て働くことが当たり前の時代なのに、
「結婚したら仕事を辞めて家事に専念してほしい」と考えている男性は、
少なくありません。
しかし、残念ながらそういう自分勝手で理不尽な願望を持つ男性ほど、
相手が見つからないのです。

一方、女性も男性に今より良い生活を求めます。
「私を一生養ってもらいたい」という意識です。
そうなると、男性に求める(収入の)ハードルがぐんと上がり、
やはり相手が見つからないことになります。
つまり、男性も女性も旧来の性的役割分担の意識に縛られていて、
それが結婚できない要因なのです。

では、どういうタイプが結婚できるのか?
手に職があって自分ひとり食べていける収入は確保していて、
料理や洗濯などひととおりの家事がこなせる。
きわめて逆説的ですが、
結婚しなくても生きていける人ほど、結婚できるのです。

「女性たちよ、狩りに出よ。男性たちよ、自分を磨け」
山田さんと白河さんはそう言います。
婚活とはつまるところ、ひとりで生きていく逞しさを身につけることなのです。

もちろん、一定の生活力は男女を問わず身につけるべきことです。
しかし、本当に一人で生きていけるものなのでしょうか?

結婚とは本来、一人ではとても背負いきれないコストやリスクを、
二人で分かち合っていく〈弱者の生存戦略〉であると、
哲学者で翻訳家の内田樹さん(神戸女学院大学教授)は言います。
だとすれば、本当に求められるのは、
自分の弱さを直視し、それをさらけ出すことなのでしょう。

やっと僕の中でつながってきました。
前回の森岡正博さん(大阪府立大学教授)が草食系男子に求める〈優しさ〉とは、
そういう類のものなのだと思います。
山田さんと森岡さん、どちらが婚活に効果的かは、
本を読んで各自で判断して下さい。

2009-10-19

草食系男子に儒教を説く

臓器移植法の改正について調べていたときに、
脳死の問題を含め、現代文明と〈いのち〉に関わる問題について
積極的に発言をしてきた、倫理学者の森岡正博さん(大阪府立大学教授)が、
「草食系男子」という言葉の生みの親だと知って、
似つかわしくない組み合わせにかなりの違和感を覚えました。
こういうときは、実際に文献に当たることです。
『草食系男子の恋愛学』(メディアファクトリー)を読んでみることにしました。

この本で、森岡さんが草食系男子(あとがきで、
「異性と肩を並べて優しく草を食べることを願う草食系の男性」と定義しています。
本文では「草食系男子」の語は一度も出てきません)
に対して説いていることは、次の2点の極めてシンプルなことです。

1ー好きな女性を大切に思うその気持ちに、誠実でありなさい。
2ーその心の中の「誠実さ」を、具体的な行動に表して、
  女性へと届ける努力をしなさい。

僕は、読みはじめてすぐに、孔子の説いた儒教の教えを思い起こしていました。
今から2500年ほど前、古代中国で儒教の祖である孔子は、
「仁」と「礼」の大切さについて説きました。
難しそうな感じですが、孔子が述べていることは、人間として当たり前のことです。

「仁」=両親やきょうだいを大切にするように、他者を大切に思いなさい。
「礼」=あなたを大切に思う気持ち(仁)を、具体的な言動で表しなさい。

例えば、「こんにちは」と優しく微笑みながら声をかける、
「ありがとう」と感謝の気持ちを言葉で表現する。
そうしたことが、人間関係の基本であると、孔子は説いた(だけ)のです。

なるほど、森岡さんは現代の草食系男子に儒教を説きたかったのか。
こう思って読み進めていくと、孔子とのさらなる共通点に気づきました。
それは、お互いがお互いのことを大切にするその恋愛の過程において、
自分の本当の気持ちを掘り下げていくことができる、ということです。
お互いで本当の気持ちを確かめ合う、と言った方が正しいのかもしれません。

そういう経験をしてほしくて、そのための少しの勇気を持ってほしくて、
森岡さんはこの本を書いたのだな、と思いました。
そう思えば、森岡さんと草食系男子との組み合わせにも違和感がなくなります。
森岡さんは、「優しい人」なのです。
そのことは、慣れない草食系男子のため、
コンドームの着脱方法まで丁寧に説明していることからも分かります。
そして、そういう優しさを言葉で表現できる人が、僕は尊敬します。

さて、現代日本において草食系男子が増殖しているのはなぜなのでしょうか?
実は、増えているのではなく、日本人はもともと草食系男子だったのではないか?
草食系男子であっても、これまでならうまく結婚へとたどりつけたものの、
そういう状況ではなくなったために、草食系男子の存在が脚光を浴びているのではないか?
ということで、僕の中では草食系男子の問題と、婚活の問題とは、
ぴったりと重なり合っています。

次回は、再び婚活に関する山田昌弘さんの議論に戻りたいと思います。

2009-10-13

「婚活」時代

現代の日本において、少子化が進んでいる要因は、
女性が積極的に社会進出し、仕事と育児の両立を望んでいるにもかかわらず、
それを支える社会基盤が整備されていないからと、
一般的には説明されています。
そして、政府もこの見立てに沿って、
子育て支援を少子化対策の柱に力を入れています。
と、僕も『小論文時事テーマとキーワード』では書きました。
 
でも、本当は違うのではないかと、僕もうすうす気付いていました。
それは、僕も含めて周囲の男性(30代半ば)が、ほとんど結婚していないからです。
たしかに、予備校講師は社会性不適格みたいなところがあって、
仕方がないと言えば仕方がないのですが、
本当は、子育てがどうのこうのと言う前に、
結婚したくても結婚できない状況が生じているのではないか。
 
こうした疑問にストレートに答え、
今や結婚するにも婚活=結婚活動が必要な時代となったと指摘するのが、
家族社会学者の山田昌弘さん(中央大学教授)と
少子化ジャーナリストの白河桃子さんが著わした
『「婚活」時代』(ディスカヴァー携書)です。
 
山田さんの社会学的な分析によると、
恋愛市場の規制緩和が「出会い格差」「魅力格差」をもたらしたと言います。
 
戦後の日本社会には、
学校(高校・大学)を出たら会社に勤め、
職場で知り合った異性と結婚するという分かりやすいルートがありました。
言わば、職場が集団お見合いの席のようなものだったのです。
しかも、終身雇用と年功序列賃金という生涯保障がついていました。
(ちなみに、僕がいま勤めている予備校の本社は、
東京から離れた地方にあるため、どんどん職場結婚していくそうです)
 
しかし、終身雇用が完全に崩れ、
非正規雇用(パート・派遣)が3分の1近くを占める現代においては、
男女の出会いの場は自分でセッティングしなければなりません。
しかも、家族を養えるだけの経済力か、
それがないなら補って余りある資質(「愛」以外の)を示す必要があります。
 
かくして「婚活」時代が到来したのですが、
問題は、「婚活」の場に集まる人たちが、
異性を引きつけることのできなかった男女である、ということです。
かくして、「婚活」の第一段階として人間改造が求められ、
山田さんと白河さんは、
「女性たちよ、狩りに出よ。男性たちよ、自分を磨け」と声を大にします。
 
しかし、本当に問題なのは、
社会が大きく変わっているのにもかかわらず、
「男は仕事、女は家事」という旧来の価値観に縛られていることなのです。
次回(当分の間)はそのことについて書きたいと思います。


2009-10-5

格差社会に求められること

1970年代に、「公正としての正義」という原理を提唱して、
マイノリティー(社会的少数派)の運動に影響を与えたのが、
アメリカの政治学者ロールズ(1921〜2002)です。
ロールズの主張は、現代日本の格差社会と呼ばれる現状に対しても、
指針を与えてくれます。
 
ロールズの言う「公正としての正義」は、
3つの原理からなります。
1つ目が、平等な自由の原理。
各人に自由が平等に配分されているということ。
2つ目が、機会均等の原理。
公正な競争の機会が保証されているということ。
 
しかし、自由競争を行えば、
勝者と敗者に分かれ、格差が生じます。
そこで、ロールズが提唱したのが、
3つ目の原理、格差の原理です。
ロールズは、この格差の原理において、
成功を収めた者は、社会的に恵まれない人に対して、
その生活を改善する義務を負うと考え、
そして、そうした社会福祉への貢献が、
結果として社会全体の利益の増大につながると主張しました。
 
利益を独り占めするのではなく、
他者に分け与えることが、結果として自分に戻ってくる。
この、「情けは人のためならず」的な発想は、
お金儲けだけを考えているのは意地汚いとか、
道徳的な説教をするよりも、ずっと説得力のあるものだと思います。
 
問題は、現代の日本社会では、
公正な競争の機会が保証されていないままに、
自由競争のみが賛美され、
成功者は努力したから、失敗者は努力しなかったからと、
すべてを自己責任に帰しているところにあります。
 
例えば、「受験は誰にでも平等にチャンスが与えられている」と、
よく言われますが、決してそんなことはありません。
地域差、親の年収、生活環境、そこにはさまざまな要素が存在します。
家庭の事情でスタートラインにさえ立てない人がいるのが現状です。
 
こうした、ロールズの言う
平等な自由の原理と機会均等の原理が十分ではない状況において、
成功者には、自分が成功したのは(努力もあるけれども)
恵まれていたからだと思う謙虚さが必要でしょう。
そして、そう思ってこそ、社会貢献しようという気持ちになるはずです。
 
一方、失敗した人も、反省すべき点は反省した上で、
運が悪かったから仕方がないという一種の開き直りが、
次の一歩を踏み出す原動力となります。
(人生において、「逃げ道を作っておく」というのはとても大事なことです)
 
精神医学者の香山リカさんが著わした、
『しがみつかない生き方』(幻冬舎新書)を読んで、
そんなことを考えました。
ただ、香山さんの文章を、成功者はあまり読まないし、
失敗者はあいだみつを的に読んじゃうんだよね。
香山さんの文章を、
伝えるべき人に、正しく伝えるにはどうすれば良いか。
余計なお世話ながら、そんなことも考えてみました。

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プロフィール

【相澤 理】
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職業:予備校講師

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相澤 理